その説明文の抜粋を書きますと、
「脳の病気やけがなどによって生じる言語障害に、失語症とまひ性構音障害（運動障害性構音障害）があります。まひ性構音障害は、話しことばに必要な舌や唇などの器官がまひなどによる運動障害によって発音が上手に言えなくなってしまいます。重度になると声も出せなかったり、「アイウエオ」もはっきり言えなくなります。
　構音障害は、失語症と違って、言いたいことばが思い出せないということはありません。」
　

　以前失語症の会の集まりで大分言葉の発音が悪く、特別な関係者（付き添え人、家族等）以外殆ど何を喋っているか全く分らない程重症の人に合った事はありますが、その時は、その人が、その会の会員でしたので、失語症の重い方だと理解しておりました。
　処が、私の直ぐ傍に該当する方が居られました。私は失語症の会に参加したとき、その方の会話を聞いて、何時も関心をもって聞いて居りました。私の妻は、帰ると必ず”・・・さんを見習って喋り方を練習したら”と勧めるのです。確かに、あまり声は大きくはないので迫力がないけれど、フレ-ズの間合いを巧く執って、ゆっくり喋るので途中で引っ掛かる事がなく、発言の主旨も一貫して、とても分り易いし、その上内容がユーモアとウイットに富んでいるのです。
　私は何回も繰返し練習しましたが、どうしても思うように文面が出て来ないし、必ず思考が中断したり、今必要としいる文言を逆に外に出さない強固な壁のガードの突然の出現に戸惑ったり、‥この時のいらいらした焦燥感は身も心も圧迫し、人に会いたくなります‥、また以外な事を口走る事もありました。
　（私だけではなく、失語症の人で、こう云う場面に直面した事しばしばあるようです。周囲の人から見れば、軽い冗談で済ましてしまう事も、人と場合によっては深刻なダメージを残します。例えば、ある時ある会の代表者がその会の行事について連絡する際、「この××月××日は三回忌のなりますから…」と喋ったことに出会ったことがありました。一瞬空白の後囁きが流れました。××月××日はその方の誕生日であり、日にちを間違えていたんですね。三回忌ではなく三周年と言いたかったのです。このような間違えは常識のある大人の健常者ではあり得ないことです。しかし、そのような経験が常にあります。でも、このような経験はあまり暗いので具体的には触れられません）
　私はその方と懇談をする機会に得て、その方が私とは違う構音障害である事を知りました。そして、会話が進むにつれ失語症の違いを実感しました。始めは見かけで同じと思っていた双方が、脳機能の点では別な範疇に入ることを知りました。そして、納得してみると、今現実に活動している幾多の失語症の会においてリアビリ等に当然必要なこの認識が俎上に乗らないのが不思議に思っています。
それについても、「語」を「失う」という「症候」を『失語症』と命名した専門家の判断に頷かれます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平成１５年３月２３日

　構音障害とは「構音に関与する肺、声帯、軟口蓋、舌、顎、唇の筋系および神経系の疾患に起因する運動機能障害が構音に影響を及ぼした結果としての症状で、発声発語器官の筋疾患、運動麻痺、協調運動障害などに由来している」と定義されていると聞いていますが、高次脳機能障害である失語症とは本質的に異なっているものと考えています。脳血管障害と同じ原因であり、一般の健常者からみれば、特に重度の場合は、解り難いと思います。理由は別な頁をご覧下さい。
　そして発表内容にもどりますと、
　退院３日後更なる言語のリハビリをするために３度目に別の脳血管機能センター病院に入院。
　ここでは２ヶ月間週一回テレビ大学講座を視聴してその内容まとめて担当者と話をすることであったが、それを通じて結局あなたは失語症ではないと判断され治療を断れたようです。

　これまでのお話の経過を聞いて、私は少し気が楽になりました。
　そしてお話は続きました。
　退院後さらに別な専門医院で詳細な検査を受けた。普通はＭＲＩ横切りの映像であるが相当時間をかけて縦切りにも写し精密な判断の結果失語症を構成している脳の言語野の損傷は認められないという診断を受けたそうです。
　つまり失語症ではないと判断されたことのなり、今では自宅のリハビリとしてアナウンサーの訓練用の「あいうえお」６０音の稽古、歌の稽古等に励んでいることでした。

　私は最近も失語症の言語訓練を見学しました。歌は右脳を使用するので失語症にはよいと言われますが、確かに歌をメロディーに合わせて歌ってる時は皆一様に楽しげですが、個人差が随分ありますが、歌詞は助詞でなく述部の部分で混乱が多いようで、その場合はハミングで続けます。その点その方の歌の稽古とは質が異なり、将に構音障害の典型と思いました。
　しかし、何と言っても、詩の本を掲げて気に入った部分を読んで紹介した事や言語検査の際に絵に描いてある物の名前（呼称）は難なく殆ど答えられたが如何しても日本語が思い出せず例えばペンシルのように英語で答えた事等教養豊かな方の発表には始めから終わりまで『構音障害』という名詞が一度も出てこないことが私には不思議でなりませんでした。傍聴されている方々も最後の検査した医院名とその所在地ついての質問はありましたが、本題の内容には言及されませんでした。
　以前この会の参加者の自己紹介で、「私は構音障害になり、困ったことにカラオケで昔の持ち歌がうまく歌いないんだ…」、「どの曲？」、「ここで歌ってみたら」と案外明るい会話がありました。
　それに脳血管障害の方は大なり小なり言語には不自由した経験がある筈です。どなたか同じ感想をお持ち方が居られると思っていましたが、矢張り、会場から駅まで送って頂いた方がその発表者に語りかけた会話が耳に入りました。「構音障害はね…」、会話の内容は全く判りませんでしたが冷静には把握られておられる感じでした。
　現在７７歳になられるその方は私とのお話でその方の以前を振り返り、電話恐怖症になり電話が鳴ったとき座布団をかけた当時の様子をお話になった表情は印象に残っています。そして、私の「障害受容」についての質問に答えて次のメールを頂きました。

　「障害受容」に関する件ですが、八年前突然脳梗塞を発病し右半身不随と構語障害で動くことも喋ることも出来なかったときには、人生の終末を予期しました。父親が同じ脳梗塞で六カ月の病床生活の末、死亡していますので発症形態も、進行過程もそっくりでしたので、私も同じ運命を辿るものと予感したからです。
覚悟が決まると、不思議なことに心が安まり、医師の言うとおりリハビリに専念しているうちに突然右手が機能するようになりました。とはいえ筋力が落ち、紙一枚も摘めず、非力に泣きました。でも忍耐強く反復練習し六カ月後、リハビリを卒業してから自宅で、猫の額のような狭い土地で農耕作業に勤しむ内に、段々筋力も回復し、自信も除々ですがついてきました。
　しかし、それからが私の人生にとっての最大の蹉跌の始まりでした。正月、「明けましておめでとう」がいえなかったからです。
　電話も恐怖の対象となり人が怖くなりました。欝の始まりでした。
　それから約三〜四年間、自分の人生がいつ終わっても良いように、発明の記録をＨＰに、脳梗塞の記録を「ありのまま私の脳梗塞生還記」（新風舎刊）なる単行本\1260に纏め刊行しました。全て遺作とする積もりでした。

　　　　…素晴らしい復帰の経過です。

　話は戻ります。
後になって知ったことですが、その発表された方の年齢は現在は５６歳、発症時５２歳、障害手帳は２級（上肢が３級、下肢４級で合わせて２級）でした。
　私はその後今回のお話で「構音障害」に触れなかったことにどうも気持ちが落ち着きませんでした。
　医療関係者の解説と違い障害者の発表はそれでなければない臨場感があり、また、医療者の死角を指摘することもできる機会でもあります。しかし、それに付随するその障害者自身の存在感に対する拘り、それも場合によっては屈折していると思われる拘り、――　それを避けて通れないことも現実だと納得しました。しかし、その判断は私自身の障害受容の在り方の問題ですから他の方には迷惑なことかもしれません。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　０４．１１．１５．